横浜への撮影所・本社移転問題 年表
1999年
- 1999年1月
- 大映・徳間康快社長(当時)が、大映スタジオと日活撮影所の合併を大映社員に表明
2000年
- 2000年2月
- 会社が社員に更生債権の一括弁済を目的として日活撮影所を(株)マルに売却したと発表
- 3年以内に事業の見直し、デジタル化を含めた『新撮影所』の建設に着手する
- その間、雇用形態の変更は行わない
- 2000年2月10日
- 労使懇談会での会社発言
- 売却は今年に入ってからの正式決定
- 買戻しのみならず、他の場所への移転も含めて検討中
- 2000年2月19日
- 臨時中央委員会開催 於:日活撮影所
- 2000年2月25日
- 要求書提出
- 今後の撮影所事業に関する決定については、常に正式な労使交渉の場を設定し、事前協議を行うことを要求。
- 2000年2月
- 撮影所支部にて当該組合員対象に「新撮影所構想」に関するアンケート、討議。これを基に撮影所支部名で「新撮影所事業に関する意見書」を作成。
- 2000年6月28日
- 労使懇談会
- 意見書提出
- 新撮影所への完成まで現撮影所は現状のまま稼動し、撮影所営業上の空白期間は置かない旨川上副社長が発言。
- 2000年12月18日
- 第 1 回日活闘争対策会議開催
2001年
- 2001年1月31日
- 日活、更生計画変更に伴う更生債権の一括弁済を実施
- 2001年2月17日
- 「映画の街構想」の記事(日経新聞)
- 建設予定地は東京・横浜に
- 自治体なども絡んだ映像都市構想に変貌
- フイルム・アーカイブ、教育施設、シネコン、アミューズメントを併設。入居第一号は日活撮影所。年内稼動
- 2001年2月24日
- 第 1 回定期中央委員会開催 (17日報道の映画の街構想について討議)
- 2001年3月14日
- 団交 会社発言
- 移転の方針に変更はないが、年内稼動はとても無理、 2 〜 3 年は調布を使用
- 2001年3月15日
- (更生脱却報告の)従業員集会での中村社長発言
- 新映像都市構想の基本理念について説明、本社移転にも言及
日活撮影所のスタッフは日本一優秀なスタッフ
と賞賛
- 2001年4月28日
- 建設予定地と噂されるみなとみらい21地区の現地調査
- 2001年6月13日
- 映演総連団交での会社発言
- 「移転の際のタイムラグは無いようにしたい」→「できれば避けたい」とトーンダウン。
- (社長の)私財を投入してもプロジェクトを推し進める
- 2001年6月15日
- 一時金回答団交
- 会社側は、マルとの(調布の土地に関する)賃貸契約の期限があることを認め、調布の明渡しが先行する可能性があることを認める
- 2001年6月22日
- 春夏闘協定書締結
- 協定書内に、
撮影所問題に関しては事前協議
の要求を盛り込む。
- 2001年7月18日
- 映画『海は見ていた』製作発表の席で、中村社長が「新撮影所(映像都市)構想」について発言
- 建設予定地は横浜
- 時期は 2003 年をメド
- フィルムマーケットも開催
- 調布の跡地利用はほぼ決まり
- 2001年7月19日
- スポーツ紙に『日活撮影所に幕』との記事
- 2001年7月23日
- 抗議をもって要求書(20日付け)提出。中村社長出席の団体交渉を要求する。
- 2001年7月下旬
- 撮影所支部主導の「新映像都市構想に関するアンケート」実施
- 2001年8月7日
- 『緊急集会!!どうなる日活撮影所』(シンポジウム IN 日活撮影所)開催
- 2001年8月30日
- 社長団交での社長発言
- 新映像都市の最有力候補地は横浜
- 機能としては 6 つのコンセプト(以下列記)
- 映像製作機能(現在の調布撮影所規模以上のもの)
- 映像配信機能(衛星回線を利用した映像配信)
- フィルムマーケット・フィルムコミッション・映画祭機能
- 一般公開機能(映像博物館・バックステージツアー)
- エンターテイメント機能(シネコン・スタジオモール)
- 映像教育機能(日活芸術学院・東京芸大など)
- 新しい撮影所ができるまでは調布の土地は転売しない
- 2001年10月2日
- 撮影所での『新映像都市』説明会(社長ほか4名)における会社発言
- 建物関係については社長の私財 200 億を投入すること
- 敷地面積一万坪、のべ面積 2 万 7 千坪の建物になる予定
- 日活本社と撮影所、ナムコ本社の現在の経費を上回らないように地代を設定
- 年末に基本合意できれば 2003 年末に撮影所、 2004 年末に高層オフィス棟が完成する
- 調布のリニューアルも選択肢の1つ
- 現場スタッフなど人材はそのまま移行する
- 2001年10月24日
- 団交の場で、事業計画を開示すること、所属部署毎に意見を反映させることを要求
- 2001年11月5日
- 映演大集会にて日活撮影所問題を報告
- 2001年12月5日
- 会社が新映像都市構想のイメージ図を提出
- 2001年12月17日
- 団交
- 計画に具体性がなくプレゼン資料の段階に留まる
- 副社長が
移転はノーリスク
と発言
2002年
- 2002年1月8日
- 撮影所従業員集会の席で、会社側は
『新映像都市構想』について3月を目処に横浜市と合意予定
と発言
- 2002年1月18日
- 中期事業計画修正が通達される
- 会社は、第 152 期より株式会社マルへの撮影所家賃の年額家賃 1 億 7,040 万円全額撮影所事業本部で負担するようにとの指示(第 151 期までは 44.8 パーセントを本社管理部負担)
- 2002年2月2日
- 撮影所支部集会にて支部意見集約
- 「計画の具体性・撮影所事業の展開不明な状況で、会社生命を賭けた事業に臨むのは無謀」との意見
- 2002年2月5日
- 『新映像都市構想に関する要求書』を提出
- 2002年2月6日
- 撮影所従業員説明会において、副社長は
横浜移転は 90 パーセントまで詰まってきている
と発言
- 2002年2月13日
- 団交
- 2002年2月15日
- 撮影所事業部従業員集会開催
- 会社の映像政策方針に基き、自社製作のためのスタッフはおかない
- 現場スタッフの配置転換を行う
以上の豊取締役発言に対し、組合は即刻抗議。
- 2002年2月16日
- 窓口 (2月15日の)豊取締役発言について
- 撮影所事業部における職種変更を伴う人事異動については必ず事前に組合と協議することを会社側に確認させる。
- 2002年2月18日〜28日
- 撮影所事業部にてセクション会議開催
- 副部長・課長は人員削減案に一切触れず、撮影所従業員に不信感広がる
- 2002年3月5日
- 『新映像都市構想に関する要求書』に対する回答書受領
- 2002年3月11日
- 『撮影所現場スタッフ削減に対する抗議文』提出
- 撮影所支部団交での会社側の発言
- リストラは否定するが一次的な職種変更を含めた提案を今後行う方針である
- 撮影所の在り方プロジェクト発足を確約
- 2002年3月31日
- 横浜市長選挙で、前衆議院議員中田宏氏が現職の高秀秀信氏を破って当選。
- 2002年4月10日
- 団交
- 調布リニューアル、撮影所の危険個所の補修を再度要求
- 2002年4月中旬
- 豊部長による撮影所事業部個人面談。
- 2002年4月20日
- 日本の撮影所を守る 4.20 シンポジウム 於:大映撮影所
- 2002年5月15日
- 人事による専属契約者の面談実施。
- 2002年5月中旬
- 撮影所プロジェクトメンバー決定
- 部課長や撮影所事業運営に従事するものが一人も入らず
- 会社の説明: 係長・課長クラス、部長クラスは別に開催する
- 2002年5月
- 第 1 回新撮影所検討会・ジュニアクラス
- 2002年5月20日
- 第 2 回新撮影所検討会・ジュニアクラス
- 2002年6月13日
- 第 3 回新撮影所検討会・ジュニアクラス
- 2002年6月20日
- 第 4 回新撮影所検討会・ジュニアクラス
- 2002年7月4日
- 第 5 回新撮影所検討会・ジュニアクラス
- 2002年7月
- 会社が撮影所専属契約者に対し契約見直し案を提出。専属料+作品担当料→契約料を値上げし、担当料を減らすというものである。
- 2002年9月19日
- 神奈川新聞、産経・朝日・読売・東京新聞のローカル面に、日活撮影所の横浜移転記事が掲載される。
- 2002年9月21日
- 神奈川新聞再度掲載
- 2002年11月13日
- 団交での副社長の発言
- 計画がもっと海側に移転
- 5,700坪(撮影所部分のみ)
- 地代をさらに安くする交渉−年内は解決しない
- 横浜側が歓迎でも、採算が合わないと判断したら進めない
- 新撮影所プロジェクトを、上から下まで含めた大規模のものにして新たに発足させる
2003年
- 2003年1月6日
- 社長、年頭挨拶で
横浜での映像都市建設を最後の大仕事に
と発言。
- 2003年1月19日
- 映像都市候補地現地調査
- 2003年1月23日
- 「横浜市、映像拠点誘致へ」(神奈川新聞)の記事
- 2003年3月27日
- 窓口 新映像都市問題
- 撮影所部分含めた総工費200億円→中村雅哉個人出資
- 3月下旬 横浜募集要項発表(→4/14現在、未だに発表されず)
- 6月末 受付〆切 8月上旬 事業者決定(現在遅れている)
- 2003年4月14日
- 団交(春闘) 石原新映像都市プロジェクトリーダーの発言
- 撮影所事業をどうするのかをまず検討し、ハコはそのあとになる
- 横浜の募集要項発表が予定より遅れているため、当初よりスケジュールがずれ込む
- 5月下旬にいったん見解を発表する
- 2003年6月26日
- 団交 新映像都市問題 石原新映像都市プロジェクトリーダーの発言
- まず撮影所の事業を検証しているのであって、横浜云々は関係ない
- 現在検討しているプランでの横浜移転は個人的には難しいと考えている
- 工場部門だから撮影所に昨年のように利益を期待するのは無理がある
- 2003年6月27日
-
- 映演総連三役が中村社長と交渉
- 映演総連
- 調布存続のメリットを主張
- ナムコによる日活支援の継続を要請
- 中村社長
- 日活に望ましい形を考えていきたい
- 2003年7月1日
- 横浜みなとみらい21が、20街区の公募を開始
- 公募期間 2003年7月1日〜9月30日(提案がない場合は3ヶ月ごとに延長)
- 処分方式:売却
- 土地面積:22,120平方m
- 売買価格:¥666,000/平方m
- 使用用途:映像文化産業関連施設
- 条件:公益性を有する施設面積を1/3以上もたせる
- 付帯事項:地中障害物の除去については事業者負担(20街区のみの条件)
- 20街区地図はこちら
- 2003年7月11日
- 横浜みなとみらい21、20街区ほか公募説明会
- 撮影スタジオ建設の場合、一般公開を強制はしないが開かれた形にするのが望ましい
- 20街区のみ除去について条件を設けた地中障害物について、具体的に想定しているものはない
- 2003年8月7日
- 組合、中村社長に調布撮影所リニューアル案を提出
- 組合
- 映像関連施設が集中している調布でのリニューアルのメリットを説明
- 中村社長
- 1社だけでなく他邦画会社と共同の撮影所の可能性も模索
- 猿川撮影所本部長
- 調布でのリニューアルを一つの選択肢として具体的に検討に入っている
- 2003年8月12日
- 横浜みなとみらい21が、50街区南側敷地公募を開始
- 公募期間 2003年8月12日〜11月11日
- 処分方式:売却
- 土地面積:8,118平方m
- 売買価格:¥853,100/平方m
- 使用用途:映像文化産業関連施設または商業施設
- 付帯事項:地中障害物の除去については事業者負担(20街区と同様の条件)
- 50街区地図はこちら 20街区に隣接しています
- 2003年9月01日
- 日活 新映像都市プロジェクトの課長二人がナムコへ出向
- ナムコの新映像都市担当と合流し、移転問題に決着をつける
- 出向期間は3ヶ月〜6ヶ月
- 2003年9月03日
- 日活支援共闘会議 調布撮影所を守る署名運動開始
- 9月8日にはネット署名も開始
- 2003年9月19日
- 日活支援共闘会議、日活へ申し入れ
- 支援共闘
- 約1700筆の「調布撮影所を守る」署名提出
- あらためて調布撮影所のアクセス面などの利点を強調
- 中村社長
- 自分としては、ただ映画を製作する環境をいかによくするか、ということしか考えていない
- 横浜移転は、経済的見通しが立たない限りあきらめるつもり
- 横浜市は労働組合が反対しているのを知っている
- 調布撮影所は、都心からのアクセスが悪く老朽化も問題である
- 2003年10月01日
- みなとみらい20街区公募、応募なし
- 10月1日〜12月26日 第二期公募開始
- 2003年10月19日
- 東京中日スポーツに「日活撮影所移転 俳優ら3600人が反対」の記事
- 赤旗で日活撮影所の移転問題掲載
- 2003年10月23日
- 週刊新潮に「日活撮影所移転反対の意外な理由」の記事
- 2003年10月29日
- 横浜市へ支援共闘が申し入れ 撮影所移転反対の意志を伝える
- 撮影所問題団交
- 石原新映像都市プロジェクトリーダー
- 横浜市に新たな移転の条件をぶつけている
- ナムコの中で、日活の映画事業および撮影所事業をどうするか、検討が行われている
- 猿川撮影所事業本部長
-
- 調布撮影所のリニューアル案を作成中で、家賃負担を軽くするために1/3程度敷地を削減する案である
- 過密労働解消のため、人員増員を予定している
- 纓坂管理部長
-
- 過密労働に関しては、会社の状況が大変なので、従業員には事故が起きるまでは頑張ってもらうしかない
- 組合
-
- 横浜移転問題は早くケリをつけて、来年の予算に調布リニューアル費用を盛り込むべき
- 撮影所リニューアルに関しては、すぐに現場の人間を参加させてほしい
- 調布撮影所は、今の敷地が機能を維持する最低限の面積であり、敷地削減は行うべきではない
- 管理部長の無責任な発言に断固抗議する
- 2003年11月4日
- テレビ朝日「スーパーモーニング」で撮影所移転問題が大々的に取り上げられる
- 2003年11月20日
- 日本共産党国会議員団日本映画振興チームが調布撮影所を視察、会社・組合と別個に懇談を行う
- 2003年11月22日
- 日経新聞「ナムコ、横浜移転断念」の記事
- しんぶん赤旗「日活 撮影所移転を撤回」の記事
- 2003年11月26日
- 日活支援共闘会議、日活へ申し入れ
- 支援共闘
- 約9600筆の「調布撮影所を守る」署名提出
- ナムコの新映像都市計画から調布撮影所を切り離してリニューアルを早急に進めるよう要請
- 年額2億強の撮影所家賃負担を軽減するよう努力すべきと提言
- 石原新映像都市プロジェクトリーダー
- 本日の取締役会で社長から横浜移転白紙の話があった
- 2003年11月27日
- 団交 横浜移転撤回について
- 石原新映像都市プロジェクトリーダー
- 横浜移転NGの判断は9月に下されていたが、後は経営判断に委ねられていた
- 他の移転候補地は現在のところない
- 猿川撮影所事業本部長
- 個人的には撮影所リニューアルを推進したい
- だが会社の状況を鑑みると、そのような投資はままならず、緊急の補修が精一杯
- 纓坂管理部長
- 移転については、他にいい土地があるかも含めて検討を継続する
- 日活は一度も横浜に移転すると正式に表明していないので、撤回とすら言えない
- 組合
-
- 2001年7月の社長発言以来、日活の横浜移転問題は世間の注目を集めてきたのだから、対外的に何らかの発表をすべき
- 横浜移転撤回と、リニューアル協議の場を設けることを明記した協定を書面で結びたい→会社も了承
2003年12月03日
支援共闘、調布市に日活撮影所の存続を求める陳情書を提出
2003年12月13日
夕刊フジ「日活撮影所移転問題で大揺れ…計画は白紙撤回
」の記事
神奈川新聞「2カ所は応募ゼロ ◆MM21地区の事業提案」の記事
2003年12月16日
日活撮影所の存続を求める陳情書、調布市議会にて不採択
「具体的に何を支援してほしいのかがわからない」というのが主な不採択の理由
2004年
- 2004年02月09日
- 支援共闘、中村社長に調布撮影所存続を要請
-
- 中村社長
- 横浜は経済性の問題であきらめた
- 調布撮影所の敷地をこれ以上減らすつもりはない
- 2004年02月27日
- 支援共闘、調布市へ3陳情書を提出
-
- 日活撮影所の存続協力
- 日活撮影所の固定資産税減免
- 日活撮影所の用途地域変更
- 2004年03月17日
- 調布市建設委員会、用途地域変更の陳情を不採択
- 2004年04月21日
- 「撮影所不要論を斬る!4.21映画人シンポジウム」開催
- (日活・松竹闘争支援共闘会議合同主催)
- 2004年05月18日
- リニューアルに関する労使交渉
- 猿川常務
- 撮影所のMS(部課長)の会と、実務者(一般社員)で構成した会で
リニューアルを検討する
- 11月末までに結論を出す
- 組合
- 部課長と一般社員の会を別々にするのではなく、情報を最初から共有していくべき
- 2004年05月31日
- 撮影所事業本部にて第一回リニューアル検討会開催
- 2004年06月22日
- 調布市議会、撮影所存続協力の陳情採択
- 2004年08月30日
- リニューアル会議、結論を11月末から9月末に早める
- 2004年09月03日
- リニューアル会議、両方の会の経過報告
- 2004年09月13日
- 撮影所支部団交
- 組合
- 映像戦略と撮影所運営方針を固めるのが先決ではないか
- 撮影所の家賃負担は更生脱却のため発生したのだから一事業部に負担させていることに無理がある
- 纓坂取締役
- 全社で撮影所の損失を補填しているのが今の会社の現状だ
- 猿川常務
- リニューアル案は一つではなく二つのまま提案する可能性もある
- 撮影所部門を評価する時、家賃負担の重さを考慮してほしいと自分は考えている
- 撮影所の敷地を削減してしまったら、将来拡大が不可能になる